プロジェクト紹介

異国の地で、自らの限界を超えよ - インド・バンガロールでの二輪工場設立プロジェクト

昨今のグローバル化に伴い、日系企業の海外進出が相次いでいる。このような背景の中、DJKはこれまで数多くの企業の
海外進出のサポートを行ってきた。今回、DJKに与えられたミッションは、大手二輪メーカーのインド第3の工場の立上げである。
企画からコンペ、受注、生産ラインの構築、納品までの流れを事例として取り上げ、DJK商社パーソンの戦いと喜びの舞台裏に迫ろう。

プロジェクト概要

舞台は凄まじいスピードで発展を遂げる異国の地、インド。そんなインドに駐在している当時入社4年目の小林が、入社23年目のベテラン社員、長澤のサポートを得ながら、現地工場の立上げというビッグプロジェクトに挑むストーリーである。最高気温が50℃を超える過酷な地で挑戦を楽しむ気持ち、またそのやりがいをこのプロジェクト紹介から感じてほしい。

プロジェクト関係図

関係図

人物紹介

長澤宣幸
DAI-ICHI JITSUGYO
(MALAYSIA)SDN. BHD.
Project General Manager
長澤 宜幸
小林福太郎
元DAIICHI JITSUGYO (THAILAND) CO., LTD. アーメダバード事務所
(現 DAIICHI JITSUGYO (THAILAND) CO., LTD. )
小林 福太郎

DJKの主な役割

DJKが設備メーカー/施工企業を取りまとめ、
お客様にトータルソリューションを提供して
います。

最初の難関

今回のようなビッグプロジェクトを引き受けるためには、必ずといっても良いほど競合他社とのコンペに競り勝つ必要がある。ただ単に費用が安いからという理由だけで受注できる訳ではない。重要な要素は他にもある。他の商社をはじめ、台湾や中国の機械メーカーとのコンペとなったが、①日本人が工場設立のフローに全て関わる ②機械全般を取り扱い、質の高いトータルソリューションを提供できるDJKの強みが評価され、受注を勝ち取った。
小林は数ある設備メーカーの中から、今回のプロジェクトにマッチする機器や部品をマレーシアと日本の設備メーカーから集結させた。そして、到着したものの工程を管理しながら現地でアッセンブルしていく。加えて、日本の設備メーカーのスーパーバイザーがインドに来ることになっていたが、かかるコストを勘案し、DJKが独自で持つ現地情報に基づいて信頼を持てると判断したインドの据え付け業者を選定し、発注することになった。小林はそれぞれの業者や工程を取りまとめながら現場での安全に責任を持ち、ビッグプロジェクトの完成を目指した。

基本的なことを当たり前にやる

国境を越え、訪れたことのない地に行くと、必ず困難に直面する。文化や慣習の壁だ。今回のプロジェクトのメンバーは、現地人のワーカーを合わせると300名以上というビッグプロジェクトだった。その中で小林は現場に常駐し、責任者を務めた。文化や慣習の違う中、この人数を同じベクトルに向けるためには、ワーカーのマネジメントが何より重要であった。皆の思いを引き出すことは若い小林にとっては非常に困難であったが、彼は自分にできることは何かと原点に立ち返った。挨拶をきちんとするという当たり前のことから、インド人と同じ釜の飯を食べたり、下手に上下を意識することなく、彼らの家族を尊重しながら1対1のコミュニケーションを積み重ね、現場の雰囲気を作り上げていった。皆さんはこんなことが異国の地・ビジネスの場で当たり前にできるだろうか。
こうした絶え間ない努力が、お客様から大きな評価・信頼を得ることに繋がったのだった。

上司から与えられた成長の機会

「商社は人なり」という言葉を聞いたことはあるだろうか?プロジェクトの総責任者である長澤は、「現場にいれば全てが分かる」とあえて突き放し、現場経験の無い小林に現地常駐を指示した。人は現場でしか育たない。だからこそ、あらゆる経験を吸収できる若手に修羅場体験というチャンスを与えたのだった。 長澤が小林に対して与えた課題は3つ。
①現地の文化や習慣を尊重し、コミュニケーション能力を培うこと
②プロジェクトの現場責任を負うという重圧に耐えうる力を養うこと
③臨機応変に自分で考える力を培うこと
過酷な現場でのさまざまな苦難を乗り越え、今回のプロジェクトを通じて小林の中でこの3つが飛躍的に成長したのだった。

DJKには若手でも異国の地で自らの限界を超え挑戦できる環境があります。

次の新しい国境を越える挑戦の主人公はあなたかもしれません。